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新潟の社労士 佐藤 健 挨拶

大好きな新潟で社会保険労務士として活躍したい。

学生時代

学生の時は、あまりお勉強ができるほうではなかったので、高校も特に進学校ではなく、このまま卒業して、専門学校か就職かなぁ、と思っていました(当時の新潟は専門学校がかなり多く、学校数は全国トップクラスだったと記憶しています)。

しかし、3年生になった時に状況が一変しました。

そう!両親の存在です。両親から「大学には行け」といわれ、全く予想だにしていないことに「えっ!それ…今!!ならもっと前に言ってもらえませんか」と内心思いつつも、自分を主張することもできず、受験勉強を始めました。

しかし、結果は不合格。結局、1年の浪人生活を経て、関東の大学へ進学しました。

ただ、今思い返せば、1年間の浪人生活までさせてもらって大学まで行かせてもらえたのは、とてつもなく幸せなことだと感謝しています。

むろん、4年間で何としても卒業しなければと思ったのは言うまでもありません(費用を負担してもらっている申し訳なさ4割、留年なんかしようものなら何と言われるか、という不安6割)。

大学時代はというと、やはりそこは関東の大学!全国から集まってきているので、サークルやアルバイトで、育ってきた環境も様々で学部も違う人たちと話ができたのは、新たな視野が広がりとても楽しかったですし、これだけでも大学に行く価値は十分あるなと実感しました。

私は経済学部でしたが、サークルなんかでいつも一緒いるのは法学部の人が多くて、いろいろ話を聞いたりしているうちに法律にも興味がわくようになり、今に至ったきっかけになったのもこの時の経験によるものかもしれません。

社会人になって

大学卒業後は、新潟には帰らずに関東で就職、人材派遣会社の営業職で会社を訪問して派遣社員の紹介をしていました。その後は、メガネ店での販売、年金事務所の期間限定雇用で不整合3号の事務をしたり、転職を何度か繰り返してきました。
就職をして実際に社会へ出てみると、さらに広い世界があって、様々な人がいて、外からじゃ見えない、中からじゃないできない経験もでき、それぞれがすごく勉強になりましたし、楽しかったので、転職もそんなに悪いものではないと私は思っています。
社会人経験をして、勉強ができる=仕事ができる、が必ずしも正ではないと思うこともあったのは、勉強劣等感のあった私にとって、自分も何かできるかもと多少なりとも救いになったと思います。
社会人になってからは特にですが、相手(お客様)にとって何が一番有益なのか、そして、それを実現するにはどのような過程を経るのが最良なのか、を常に考えるように心がけています。日々反省の繰り返しです。
もし今、「これまでで最高の仕事は何かありますか」と聞かれても私は答えに窮してしまうかもしれません。正直、明確に最高の仕事と言えるものは自分にはありません。
正確には、ある意味でどれもが最高の仕事であり、どれもが最高の仕事ではない、と言う事なのですが。。。さぁ、いよいよめんどくさくなってきましたねぇ。

一つひとつの仕事そのどれもが、その当時でできる限りのことを心がけているので、その時の時点では最高の仕事と言えるかもしれません。ただ、反省に入った次の瞬間、「もしかしたら、あっちのほうがよりよかったかも」と思うことが出てきた時点で、もうその仕事は最高のものではなくなってしまうのです。とういうのが私の感覚です。面倒な人間ですね。自分でもそう思います笑

社労士を目指したきっかけ

社労士を目指したのは、当初、30歳を目前に法律への興味が未だ残っていて、何か法律にかかわる仕事をしたいと思い、時期的に直近で受験できそうな試験が社労士だったというのがそもそもだったのです。

ただ、実際の残業時間の割に残業代が少ないようなと感じることもあり(変形労働時間制を適用していたので、今となれば多少は納得がいきます。多少は)、自分自身の知識のためと自分と同じようにわからずにモヤモヤしている人が他にもいるだろうから、何か役にたてられるのではと思って本格的に目指すようになりました。

社労士事務所時代

社労士事務所に入った当初は、未払い残業代請求に関する依頼が多く、日々残業代の計算と相手方からの回答書の内容確認等に追われていました。ピーク時は、30件前後の案件が同時並行した時期もあり、相手方回答書の内容を見ても「この人の前回の経緯、どんなんだったっけ??」と前の資料を読み返したりすることも多かったです。ただ、労働時間や賃金、就業規則の読み方・とらえ方については、それなりに強くなれたと思います。
他にも、社会保険や労働保険関係の手続はもちろんのこと就業規則の作成や助成金等、様々な経験をすることができました。
中でも印象に残っていることは、精神障害にかかる労災申請ですね。
社労士試験に合格しただけで2~3年ほどの経験しかなく(内1年は短時間のアルバイト)、労災申請なんてやったこともないのに、よりによって、その最初が認定の難しい精神障害とは笑
労働者側での申請だったため、知り合った社労士の先生に相談しても、基本的には企業側で対応することが多いですからなかなか情報がなく、なかなかハードな業務でした。
しかし、、当事者本人はホントに辛そうで見ていて痛々しいほどだったので、どうしても認定を取りたいとの想いもあり、板挟み状態でどうにかなりそうでした。
結果、相談から1年半をかけて認定に至りましたが、認定が出たと連絡をもらった時は、ホントに良かったと思いましたし、自分も救われた気がしました。

新潟に戻り、社労士として活躍したい

大学卒業後約10年を関東で過ごしましたが、いつかは地元である新潟に戻りたいと常々思っていたので、こうして、新潟で活動できる機会を得られたことは、とてもうれしく思っています。
また、事務所のある三条・燕のいわゆる県央地域は商人と職人の町で、研磨や金属加工では日本のみならず、世界に誇るトップクラスの技術があります。他にも、刃物やユニバーサルデザインの食器など医療・福祉に関する商品も多く、その卓越した技術から生み出されるモノは芸術品のように美しく、それが使ってこそのために作られており、使ってこそまた美しいというのが魅力だと思います。鎚起銅器などはその最たるもののような気がします。

さて、仕事の話もしなくては笑
労働分野の動きが非常に活発になってきている昨今、社会保険労務士が担う役割は、これからますます大きくなると思いますし、その職責も増していくのではないかと思います。今まで以上に動向を注視し、フレキシブルな対応ができるように準備をしていきたいと考えています。
これまで携わってきた印象として、なかなか労働保険・社会保険制度等が分かりにくいという中小企業の方が多かったように思います。確かに、まずは利益を上げ会社を存続させることが先決ですので、これらを煩わしく思い、後回しにしてしまう気持ちもわからなくはないです。ただ、単純に法令上義務になっているからというところにとどまらず、労働環境をしっかり整えていくことで、労働者の定着や生産性の向上にもつながる可能性もあるので、しっかりとサポートをしていきたいと考えています。
さらに、助成金にかかる分野は、保険制度よりさらに数も多く複雑なため、毛嫌いする事業主様も少なくないですが、かなり充実した制度も多いので積極的に活用をして、より経営の安定や労働環境の充実を図れるよう提案をしていければと思っています。
まだまだ至らぬ点も多く、お手数をおかけしてしまう点も多々あるかと思いますが、今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。